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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)10455号 判決 1983年9月30日

原告

宮島和夫

右訴訟代理人

石川良雄

被告

創価学会

右代表者代表役員

森田一哉

被告

池田大作

右被告両名訴訟代理人

猪熊重二

桐ケ谷章

若旅一夫

松村光晃

主文

一  本件訴をいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一五六八万八〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年六月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案の答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四一年一一月三日から同五五年三月一八日まで、被告創価学会(以下「被告学会」という)の会員であつた。

被告学会は、昭和二七年九月八日に、「日蓮大聖人の弘安二年一〇月一二日に御建立遊ばされた一閻浮提総与の御本尊を本尊とし、日蓮正宗の教義に基づき本尊流布並びに儀式行事を行い、会員を教化育成し、王仏冥合の大理想実現のため業務を行う」目的で宗教法人法により設立された宗教法人であり(右目的は、同五四年五月二日、「日蓮大聖人御建立の本門戒壇の大御本尊を本尊とし、日蓮正宗の教義に基づき、弘教および儀式行事を行ない、会員の信心の深化、確立をはかり、もつてこれを基調とする世界平和の実現と人類文化の向上に貢献する」と変更された)、被告池田大作(以下「被告池田」という)は、同三五年五月三日から同五四年四月二四日まで、被告学会の母体である信徒団体たる訴外創価学会の会長であつて、被告学会の代表役員の任命権限を有するなど被告学会を統轄する地位にあつた。

2  被告池田及び被告学会の代表役員は、日蓮正宗の教義によれば、被告学会は「御供養」を受けることができず、被告学会に対する財務金及び特別財務金の納入は「御供養」ではないと知つていたにもかかわらず、共謀のうえ、昭和四三年ころから、原告が所属する被告学会の地方本部、総ブロックなどの集会において、本部長、ブロック長等をして、原告ほか被告学会員に対して、被告学会は「御供養」を受けることができ、被告学会に財務金又は特別財務金を納入することは、御本尊の広宣流布に役立ち、被告学会員の功徳となる「御供養」であると虚偽の事実を述べさせ、原告をその旨誤信させた。

右誤信に基づき、原告は、被告学会に対して、昭和四三年から同五一年までに毎年各一万二〇〇〇円、同五二、五三年に各四万円、計一八万八〇〇〇円の財務金を、同五〇年に五〇万円の特別財務金をそれぞれ納入し、右納入額合計六八万八〇〇〇円と同額の損害を被つた。

3(一)  原告は、被告学会に対して、前項に記載のとおり、合計六八万八〇〇〇円の財務金及び特別財務金を納入した。

(二)  原告は、右財務金及び特別財務金の納入に際し、真実は、日蓮正宗の教義によれば、被告学会は「御供養」を受けることができず、被告学会に対する財務金及び特別財務金の納入は「御供養」ではなかつたにもかかわらず、被告学会は「御供養」を受けることができ、被告学会に財務金又は特別財務金を納入することは「御供養」であると誤信していた。

(三)  原告の財務金及び特別財務金の納入行為は、被告学会の、被告学会に対する財務金及び特別財務金の納入は「御供養」であるから財力の限り応ずるべきであるとの勧奨に基づくものであるから、明示された納入の動機たる重要な要素に錯誤がある。

4(一)  被告池田及び被告学会の代表役員は、共謀のうえ、昭和五三年九月ころまでに、日蓮正宗の御本尊は日蓮大聖人の唯授一人の血脈を受け継いだ日蓮正宗法主上人以外は顕すことができないにもかかわらず、訴外赤沢朝陽をして、ほしいままに、八体の板御本尊を模刻させ、うち一体について、同五〇年一月一日に法主上人の臨席もなく入仏式を行い、以後、同二六年に法主上人から下附された紙幅の御本尊に代えて、被告学会本部の常住御本尊として安置し、原告ほか被告学会員に、真の御本尊と称して崇めさせた。

(二)  被告池田及び被告学会の代表役員は、共謀のうえ、昭和二九年以来、日蓮正宗の教義に悖ることを知りつつ、「王仏冥合」の理想実現のためと称して、国政又は地方選挙のたび毎に、原告ほか被告学会員に、電話又は戸別訪問による公明党所属候補者のための選挙運動をなさしめ、また、日蓮正宗の「広宣流布」と称して、原告ほか被告学会員に、聖教新聞の多数部購読を強要した。

(三)  被告池田及び被告学会の代表役員は、(一)及び(二)の行為をすることによつて、原告の被告池田及び被告学会に対する信仰上の信頼を侵害するとともに、原告の日蓮正宗を信仰する心を蹂躙し、原告に対し、精神的苦痛を与えた。

(四)  原告の受けた精神的苦痛を慰藉するには、慰藉料一五〇〇万円が相当である。

(訴の追加的変更による請求原因)

(五)  被告池田及び被告学会の代表役員は、共謀のうえ、昭和四三年七月七日施行の参議院議員選挙に際し、公明党所属候補者を当選させるため、被告学会員を慫慂し、被告学会新宿第九男子部総ブロック長らに、選挙管理委員会から選挙人に郵送された投票入場券を郵便受け等から抜き取らせ、本人になりすまして替え玉投票をさせた。

(六)  被告池田及び被告学会の代表役員は、訴外山崎正友らと共謀のうえ、昭和四五年七月九日、日本共産党委員長宮本顕治宅への電話線に発信器式盗聴器をとりつけ、直接その電話内容を盗聴した。

(七)  被告池田及び被告学会の代表役員は、「月刊ペン」編集局長隈部大蔵が被告池田の女性関係の記事を同誌に掲載したことが名誉毀損罪に該るとして刑事告訴をしながら、右隈部が同罪で起訴されるや、共謀のうえ、昭和五一年一一月三〇日、同人の弁護人との間で、被告池田を証人として出廷させないための合意をし、月刊ペン社側に二〇〇〇万円の示談金を支払つた。

(八)  被告池田は、訴外渡部通子、多田時子ら被告学会の女子部員と、信仰心に結びつけて肉体関係をもつた。

(九)  被告池田は、聖教新聞編集室において、子供の顔にマジックインキを塗りたくつた。

(一〇)  被告池田は、その著作物を自ら書かず、そのほとんどを訴外篠原善太郎らゴーストライターに書かせた。

(一一)  被告池田又は被告学会の代表役員は、(五)ないし(一〇)の行為をすることによつて又はしたように昭和五四年ころから報道機関に報道されることによつて、原告の被告池田及び被告学会に対する信仰上の信頼を侵害するとともに、原告の日蓮正宗を信仰する心を蹂躙し、原告に対し、精神的苦痛を与えた。

(一二)  (三)及び(一一)の理由で原告の受けた精神的苦痛を慰謝するには、慰謝料一五〇〇万円が相当である。

よつて、原告は、被告ら各自に対し、被告学会については、宗教法人一一条一項の損害賠償請求権又は不当利得返還請求権に基づき原告が納入した財務金、特別財務金と同額の六八万八〇〇〇円及び同法同条項の損害賠償請求権に基づき慰謝料一五〇〇万円の合計額である一五六八万八〇〇〇円並びにこれに対する不法行為の後であり催告の後でもある昭和五五年六月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告池田については、民法七〇九条の損害賠償請求権に基づき右合計額と同額の損害賠償金一五六八万八〇〇〇円及びこれに対する不法行為の後である同日から支払ずみまで右と同じ割合による遅延損害金の支払を求める。

二  訴の追加的変更に対する被告らの主張

請求原因4項(五)ないし(一〇)の事実の主張は、慰謝料請求の請求原因事実として、同項(一)及び(二)の不法行為とは異なる別個の不法行為の事実を主張するもので、右訴の変更は、従前の請求とは請求の基礎を同一にしない全く新たな訴の提起であり、仮にそうでないとしても、本件訴訟の審理を著しく遅滞せしめることが明らかであるから、右訴の変更は許されない。

三  被告らの本案前の主張

1(一)  請求原因2項の不法行為及び3項の錯誤の成否の判断のためには、財務金及び特別財務金は「御供養」といえるかという宗教的意義づけの問題並びに被告学会が財務金及び特別財務金を受けることは日蓮正宗の教義に違背するかという純粋の宗教的価値判断を行わなければならない。

(二)  請求原因4項(一)の不法行為の成否の判断のためには、昭和五〇年一月ころから被告学会本部に安置されていた御本尊が日蓮正宗の教義に基づく御本尊かという純粋の宗教的価値判断を行わなければならず、同項(二)の不法行為の成否の判断のためには、選挙運動又は機関紙の多数部購読が日蓮正宗の教義に違背するかという純粋の宗教的価値判断を行わなければならない。

また、同項(一)及び(二)並びに(五)ないし(一〇)の不法行為の成否又は(五)ないし(一〇)の行為を被告池田及び被告学会の代表役員がしたように報道機関に報道されることによつて不法行為が成立するか否かを判断するためには、原告の被告池田及び被告学会に対する信仰上の信頼並びに日蓮正宗に対する信仰心の内容について、それらがいかなるものであるのか並びに右信仰上の信頼又は信仰心が侵害され又は蹂躙されるということはいかなることなのかを判断しなければならず、そのためには日蓮正宗の正しい教義、信仰がいかなるものであるか等の教義、信仰上の問題に深く立ち入つた判断を行わなければならない。

(三)  更に、錯誤の要素性又は不法行為の違法性を判断するためには、右(一)及び(二)の問題が日蓮正宗の一般信者の信仰生活上において占める宗教的重要度を審理判断しなければならない。

(四)  これらの判断は、いずれもすぐれて宗教教義上の判断であり、裁判所による公権的解決に委ねられるべきではない。

本件請求の実質は右のような宗教的紛争であるから、原告の訴は不適法として却下されるべきである。

2  本件請求は、金員の請求という財産上の請求の形をとつているため、前記宗教上の教義解釈及び信念に関する事項についての判断は訴訟物たる法的主張の当否を決するについての前提問題であるが、右判断は、本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものであり、その判断なくして訴訟物の存否の判断はなしえないのであり、かつ、本件においては右以外に裁判所が実質的な判断を下すべき事項は存しないのであるから、本件訴訟の争点の核心的な部分をなすということができる。

このような場合には、その訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであつて、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」にあたらない。

四  被告らの本案前の主張に対する原告の答弁

1  原告は、裁判所に対し、日蓮正宗の教義の正否についての判断又はその内容の確立を求めているものではなく、原告の請求は、それ自体財産的給付を求めるものであり、私法上の権利の具体的存否について判断を求めているもめであるから、私法上の権利の存否についての判断の前提事実として日蓮正宗の教義とかかわりあいがあるからといつて、裁判所の審理判断の対象となしえないとはいえない。

2  「御供養」「御本尊」ということが事実主張の中にあるからといつて、直ちに、「信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断」を必要不可欠の前提とするものではない。

五  請求原因に対する被告らの認否(3及び4の(四)を除く)

1  請求原因1の事実のうち、原告が被告学会の会員でなくなつたのが昭和五五年三月一八日であること及び被告池田が被告学会の母体である信徒団体たる訴外創価学会の会長であつたことは否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告が被告学会に対して、昭和五〇、五一年に各八〇〇〇円、同五二年に二万円、同五三年に四万円、計七万六〇〇〇円の財務金を、同五〇年に五〇万円の特別財務金をそれぞれ納入したことは認め、原告が右納入の際、信じていた内容は知らない。その余の事実は否認する。

3(被告学会の認否)

(一) 同3(一)の事実のうち、原告が被告に対し、前項に記載のとおり、合計五七万六〇〇〇円の財務金及び特別財務金を納入したことは認め、その余の事実は否認する。

(二) 同3(二)の事実のうち、原告が、財務金及び特別財務金納入の際、信じていた内容は知らない。その余の事実は否認する。

(三) 同3(三)の事実は否認する。

4(一)  同4(一)ないし(三)の各事実は否認する。

(二)  同4(四)の額は争う。

(三)  同4(五)ないし(七)の各事実は否認する。

(四)(被告池田の認否)

同4(八)ないし(一〇)の各事実は否認する。

(五)  同4(二)の事実は否認する。

(六)  同4(一二)の額は争う。

理由

一まず、原告の訴の追加的変更の適否について判断する。

原告は、請求原因4項において、被告池田及び被告学会の代表役員の行為によつて、原告の被告らに対する信仰上の信頼及び日蓮正宗の信仰心を侵害されたとして不法行為による損害賠償を請求するものであるが、当初、右侵害行為として、日蓮正宗の御本尊を模刻し原告に偽りの御本尊を崇拝させたこと及び原告に日蓮正宗の教義に悖る選挙運動、機関紙の多数部購読をさせたことを主張していたところ、新たに、右侵害行為として、原告以外の被告学会員に替え玉投票をさせたこと、日本共産党委員長宅の電話の盗聴、月刊ペン社との示談、被告学会の女子部員との肉体関係、子供の顔へのマジックインキの塗布、ゴーストライターによる著作物の執筆及び右各事実があつたように報道されたことを追加して主張する。

しかし、当初主張した侵害行為と新たに主張する侵害行為とは、右のとおり具体的な行為の態様が全く異なり、原告の主張によれば時期も異なるうえ、当初の主張が原告自身に対しなんらかの働きかけがあつたという事実を主張するのに対し、新たな主張は原告自身と直接なんらのかかわりのない事実を主張するものであつて、当初主張した行為と新たに主張する行為との間に関連するところは全く見出だすことができないし、およそ証拠資料を共通にするとも考えられない。

したがつて、右訴の変更は、請求の基礎に変更がないとは到底解することができないから、原告の訴の追加的変更は許されないものといわざるをえない。

二次に、追加的変更による訴を除くその余の訴に関し被告らの本案前の主張について判断する。

1  原告は、請求原因2項において、不法行為に基づく損害賠償を請求するところ、不法行為として主張する詐欺の内容は、被告池田及び被告学会の代表役員は、被告学会は「御供養」を受けることができず、被告学会に対する財務金及び特別財務金の納入は「御供養」ではないと知つていたにもかかわらず、被告学会は「御供養」を受けることができ、被告学会に財務金又は特別財務金を納入することは「御供養」であると虚偽の事実を告げたというものであり、また、原告は、請求原因3項において、錯誤による贈与の無効を原因とする不当利得返還を請求するところ、その主張する錯誤の内容は、被告学会は「御供養」を受けることができず、被告学会に対する財務金及び特別財務金の納入は「御供養」ではなかつたにもかかわらず、被告学会は「御供養」を受けることができ、被告学会に財務金又は特別財務金を納入することは「御供養」であると誤信していたというものである。

したがつて、詐欺が成立するか否か及び要素の錯誤があつたか否かについての判断に際しては、被告学会は「御供養」を受けることができるのか否か及び被告学会に対する財務金及び特別財務金の納入は「御供養」であるのか否かという日蓮正宗の宗教上の教義に関する判断が前提問題として必要不可欠の判断であり、かつ、争点の核心をなしているといわざるをえない。

2  更に、原告は、請求原因4項において、不法行為に基づく損害賠償を請求するところ、その主張する侵害行為の内容は、(一)被告池田及び被告学会の代表役員は、日蓮正宗法主上人以外は顕すことができない板御本尊を模刻し、被告学会本部に偽りの御本尊を安置して真の御本尊と称して原告に崇めさせた、(二)被告池田及び被告学会の代表役員は、日蓮正宗の教義に悖ることを知りつつ、「王仏冥合」の理想実現のためと称して公明党所属候補者のための選挙運動をなさしめ、「広宣流布」と称して機関紙の多数部購読を強要したというものである。

したがつて、不法行為の成否の判断に際しては、右(一)の点については、板御本尊が日蓮正宗の教義に則る御本尊であるか否かという信仰の対象についての宗教上の価値に関する判断が、右(二)の点については、公明党所属候補者のための選挙運動が「王仏冥合」の理想実現のためになるか否か及び機関紙の多数部購読が「広宣流布」であるか否かという日蓮正宗の宗教上の教義に関する判断が、それぞれ前提問題として必要不可欠の判断であり、かつ、争点の核心をなしているといわざるをえない。

3 訴訟が具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとつており、信仰の対象の価値ないし宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題にとどまるものとされていても、それが訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものであり、紛争の核心となつている場合には、当該訴訟は、裁判所法三条にいう法律上の争訟にあたらないというべきである。(最高裁昭和五一年(オ)第七四九号同五六年四月七日第三小法廷判決・民集三五巻三号四四三頁参照)ところ、本件訴訟は、不法行為に基づく損害賠償請求権又は不当利得返還請求権の存否という具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとつているが、前示のとおり、信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断が請求の当否を決するについての前提問題となつており、更に、右判断が本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものであり、かつ、本件訴訟の争点の核心をなしているということができるのであるから、結局本件訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであつて、裁判所法三条にいう法律上の争訟にあたらないものといわなければならない。

三よつて、原告の本件訴は不適法なものであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小倉顕 山﨑宏 江口とし子)

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